第10話、 恋と誠
冬の静けさが公園を包む。 ひんやりと頬を撫でる冬の寒さを感じながら、ぼんやりと赤く薄暗い西の空を眺めて、誠十郎は公園のベンチに座っていた。 そこは、 公園の茂みのそばで横の通りを歩く人には見えない。 誠十郎は塾をサボっていた。 いつもは、 取り敢えずそこでクッキーを一枚頬張り甘く柔らかい食感を味わってから塾へと足を運んでいた。 今日は気になり、その上カバンの中を確かめてみた。あっ教科書が1つ足りない。イタチ、 いや伊丹先生の授業のだった。 イタチとは塾の講師のあだ名である。 なんとなく鋭い顔つきの彼はイタチに似ていると誰かが言ったのをきっかけにそのあだ名が定着した。 先日、 イタチの授業で消しゴムを忘れて怒られた。 10分怒られ、 受験シーズンのこの時期の貴重な時間を使ったと他の生徒たちにも白い目で見られた。 そして今週は教科書だ。 また怒られて皆の貴重な時間を奪い白い目で見られる。 そんなことを考えると会わせる顔が無い。 と行くか迷っているうちに始業時間を過ぎていた。 いや、 いつの間にかではなく、意図的に過ぎるまで待ってしまった。
ぼ~っと夕日の見えない赤黒いまだら模様の曇り空を眺めていた。
夕日が半分顔を沈めた頃、 茂みの陰から、聞き覚えのある2人の声が聞こえた。それはクラスメートの酢本君と、隣のクラスで女子バスケットボール部のキャプテンの津木さんだ。 クラスの酢本君は顔は標準点ながら明るくスクールカーストでいう1軍に属している。女子に人気のある骨川君とは親友でいつも楽しそうに笑っている顔が眩しい。
女子バスケットボール部のキャプテンである津木さんのことは、以前から知っていた。背の高いキレイな娘だ。 この娘も笑顔が印象的で隣のクラスの学級委員長でもある。 誠十郎のクラスでも人気があり、 すれ違う時などは少し鼓動が速くなるのを隠すのに必死だったりする。 こんな子と将来結婚できたら自慢できるだろうな…なんて考えた。あくまで自慢の話で、好きというわけではないのだが。
でも…告白してる⁉ 酢本君は緊張した面持ちで津木さんに思いを伝えていた。 その緊張は誠十郎にも伝わり、彼自身も鼓動が速くなるのを感じた。
「ごめんなさい」
泣きながら津木さんは答えた。
誠十郎は、「泣きたいのは酢本君では?」と思いつつ、顔を向けず、なぜか赤くなった耳で場面を想像していた。 津木さんはすぐに走り去っていく。
しばらく、 茫然としていた酢本君がこちらを向いた時、 偶然にも誠十郎もそちらに顔を向けてしまった。 音が聞こえないことで、 もう誰もいないと誠十郎は判断した。 目が合う2人。 酢本君は照れ笑いを浮かべるとそのまま走り去った。
1週間後、 学校へ行くと直ぐに酢本君が誠十郎を使われていない階段の踊り場に呼ぶ。 誠十郎は口止めされるのかな?でも、こんなに日にちが経ってからでは遅い気がするなぁ。 と疑問を抱きつつ酢本君の後をついて行った。
突然、 左頬に鈍い痛みが走る。 そして腹、 再び左頬だ。 酢本君に殴られたのだ。
「な、 なに⁉」
誠十郎が息も絶え絶え言うと
「てめー!あの公園のこと、 言いふらしたろう!」
酢本君は顔を真っ赤に染め、怒りを露わにしている。
「え?…え?知らないよ 僕は誰にも言ってない!」
誠十郎が小さな声で言うと酢本君の攻勢が止まる。
「じゃ、 じゃあ誰が言ったんだよ!知ってんのはお前だけだろう!骨川が知ってたんだぞ!」
酢本君は誠十郎を直視できず窓の方へ顔をそむけた。 外は強風が吹きすさんでいた。
「分からないよ…」
誠十郎の小さな声でも聞こえるほどに踊り場は静かだ。 誠十郎と酢本君は数回のやりとりを交わした後、 教室に戻って行った。 酢本君はしきりに「ごめん」と謝っている。 誠十郎はうつむき加減だが「大丈夫」と謝られるたびに呟いた。
ファルディアはその場面から目が離せなかった。
恐怖が頭の中を支配していく。
身体の大きな酢本君が背の低い誠十郎を殴っている場面。
それを見ながら、ファルディアは何人もの大人に殴られた自分を思い出していた。
冷や汗はあごを伝い、床に落ちていた。
プーカはその冷や汗をジッと見つめていた。
無表情だが目は優しい。 そしてファルディアの頭をトンカチで叩いた。
「てめー!プーカ!そりゃねーだろう。 殺す気か!」
ファルディアは恐怖を忘れプーカに向かって怒鳴った。
「いやいやいや。 殺すつもりなんてないよ!もう死んでるし」
ニヤニヤしながらお笑い芸人の真似をするプーカ。
「ったく!」
しばらく下をむいたままでプーカから顔を隠して心の整理をしていた。そしてプーカに向かって何かを言おうと顔を上げた。
しかし、プーカがいない。どこだ…?
ファルディアは辺りを見回してプーカを探した。
あっ!階段を降りてきた美人教師の手を握り、一緒に階下へ歩いている。
そのニヤニヤした顔が、なんとも気持ち悪い。
美人教師は、プーカの存在に気付いていない。
ファルディアは心の中でプーカに感謝していた。 恐怖は、もう完全に消えていた。
第11話に続く
第1話「天使プーカとの出会い」
https://kurokoda64213.com/archives/25744634.html
第2話「天使の夜道」
https://kurokoda64213.com/archives/25767152.html
第3話「スパイする天使」
https://kurokoda64213.com/archives/25768305.html
第4話「プーカの正体」
https://kurokoda64213.com/archives/25843251.html
第5話「逢引き」
https://kurokoda64213.com/archives/25855711.html
第6話「優しい誠十郎」
https://kurokoda64213.com/archives/25987840.html
第7話「スクールヴァルナの誠十郎」
https://kurokoda64213.com/archives/26043357.html
第8話「誠十郎、精一杯の切実」
https://kurokoda64213.com/archives/26206847.html
第9話「誠十郎、夜に駆けなさい」
https://kurokoda64213.com/archives/26244629.html
第11話「思考を抜けるとそこは雪国だった」
https://kurokoda64213.com/archives/26420719.html

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