第6話
超美女にフラれる
その日は午前中は事務作業に追われていた。午後からの会議の為の資料作りだ。やってみるとサクサクと進み11時には終わる。時間が読めないなんて新人の頃以来だ。
終わって営業事務の菊木さんにコピーを頼むと休憩室でコーヒーを飲む。菊木さんは入社2年目の営業事務のエースだ。と言っても年齢は45歳、営業事務一筋27年の元暴走族。今でもリーゼントをやってるが少し剃り込み部分の毛が乏しい。同い歳の奥さんは16の時に子供を産んだので誠十郎より歳上の子供がいる。対称的な2人だが、このコンビで営業成績は常にトップだ。口数少なく、黙って誠十郎の資料を受け取ると、先ずは全部に目を通す。休憩中に入社2年目の原砂さんが相談があるとコーヒー片手に言ってきた。短大卒の女子社員、清楚でたぬき顔の可愛らしい娘だ。ガニ股なのが気になる。しかし皆は気にならないのか、とても人気がある。
確か、企画部の課長と付き合ってたな。それは極一部しか知らない話だ。今日も課長である彼女との事についての相談だろう。恋愛相談は苦手なんだけど、と言っても
「係長しか、頼れないのです」なんてかわいい事を言ってくれる。だからいつも仕方なく相談にのっているのだ。
「じゃ、3丁目のファミレスで。」と空になったコーヒーカップを洗いながら言い残すと菊木さんの元へ。
菊木さんの訂正を受けて全て承諾すると明日の営業先へ渡す資料作りに入る。
お昼は少し歩いたファミレスで原砂さんと2人で食事をとりながら原砂さんの愚痴というか惚気話を聞く。
食べ終わると食後のコーヒーを飲む為に頼んだウェイトレスさんが来た。
…来た。
…
織恵さん?
笑顔の織恵さんが可愛いらしい制服で立っていた。表情が固まる誠十郎に織恵さんは
「や〜っと、私に気付いた」
と笑顔で言った。
浮気?
では無い。まだ見合いをしただけだからだ。いや、そもそも原砂さんとは、何も無いのだ。性的対象にさえ見られてないし…
織恵さんはお構いなしにコーヒーを2人のカップに注ぐと
「いつも、部下の相談にのってますよね」
笑顔が素敵だ。
いやいや……分かってたのか。原砂さんとを互いに紹介する。
直ぐに織恵さんは「じゃ、忙しいから」と奥へ引っ込んでしまった。
「へー。シャチョさんの娘さん。やっぱり良い人だったんですねー。」
織恵さんのお父さんの誠十郎の会社での呼び方はシャチョさんだ。接待でそう呼ばれてる彼を見て誰かが言い、それが定着した。あまり交友関係の広く無い保也。それを知ってる原砂さんは直ぐに見合い相手と見破った様だ。
原砂さんはいつまでも織恵さんを目で見送る誠十郎の横顔に言った。
コーヒーを持ったウェイトレスか。昔を思い出すな。顔だけは強く思い出される。それだけ美女だったのだ。
彼女はどんな性格の娘だったっけ。もう忘れてしまった、というより知らなかった?
「あのコーヒーショップの娘は男遊びが激しい。」そんな噂が大学の友人たちの間であった。
あんなキレイな娘がそんな筈はない。
友人たちと遊びに行った帰りに寄ったコーヒーショップで誠十郎は彼女に一目惚れしていた。
丁度、誠十郎のアパートの近くにあったコーヒーショップ。朝食はそこで食べる事にした。時々、夕飯時に1人の時はそこで食べる様にしてる。夕食にしては軽い食事だか少食な誠十郎には丁度良い。
というか「アイツら皆んな食い過ぎだ!」とアメリカ人に心の中でよくそう叫んでいた。
ある夜、夕飯をコーヒーショップで食べた。満腹になった胃が保也の肩を叩くとコーヒーショップの電気が消えた。そこにバースデーケーキを持った給仕が現れる。
あ、あの甘ったるいケーキだ。日本のケーキを懐かしがる誠十郎に気付かない様に、あるテーブルに着くと歌い始めた。
「happy birthday to you ……♪happy birthday ……♫……」
最初は給仕だけが謳っていた歌も店全体が歌う様になる。そしてケーキを差し出された女性が蝋燭の火を消す。
電気が付くと丁度誠十郎の惚れたあの娘が誠十郎のテーブルに食後のコーヒーを置きながら
「私もあんな誕生日がしたいなー」
笑顔でケーキのテーブルに視線を送る。
「では、私と一緒に明日の夜、レストランで食事しませんか?」
誠十郎は勇気を出して言ってみた。
それからの1日は長かった様な短かったような。いつもよりオシャレしてコーヒーショップの娘の住むアパートに車を走らせた。
アパートの前にはあの娘が立っている。
車で15分ちょい走らせてBocaというイタリアンレストランに入った。入る前に少し驚いた様子。席に着くとキョロキョロと辺りを見回す彼女。カッコいい所を見せれたかな?と勝手に解釈して注文する。
前回の様な失敗はすまいと動画のお笑い芸人の言ってた話を参考に失敗談を話す。
「筆箱忘れてテスト大ピンチ事件」
「リレー中に靴が脱げて転倒事件」
「お弁当が全部ひっくり返った事件」
…
少し特徴的な笑顔で応えながら食事をススメる彼女。誠十郎はやはり奥ゆかしい女性なのだ。と勝手に解釈して失敗談を続けた。
食事が終わると「ペットにエサをやる時間だ」と彼女からの言葉に誠十郎は会計を済ませてレストランを後にした。
彼女は家に着くと小走りで1度も振り返らずにアパートの部屋へ帰って行った。
次はどんな店に行こう
そんな事を誠十郎は考えながらウキウキと家路についた。
次の日の朝は彼女はコーヒーショップには居なかった。いつもの如く注文して朝食を終えると大学へ行く。少し残念な気持ちで授業を受け、友人たちの誘いを断り夕飯はあのコーヒーショップへ行った。
店内に入ると彼女が笑顔で他の客の接客をしてた。誠十郎に気付くと表情が消え、サッと店の奥へ引っ込む。
あれ以来、彼女が誠十郎の接客をする事がなかった。
フラれるプロの誠十郎は直ぐにフラれた事に気付く。落ち込んだが前を向いて勉学に励んだ。
原砂さんの話を聞きながら、あの娘の写真だけでも撮っておけば良かった。なんてくだらない事を考えていた。惚れてた訳ではないな。とは強がりだったか、冷静になって自分の気持ちに気付いたか?
ファミレスを出る時に織恵さんは小さく笑顔で手を前に振っていた。
あー今夜は早くて安くて美味い牛丼だな。と誠十郎は自分へのご褒美にいつも行く店を思い出していた。
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